働き方改革・ウェルビーイング経営コラム

中小企業向けウェルビーイング入門

大事なのは斜めの関係。企業が進めるべきウェルビーイング施策

近年、「ウェルビーイング」という言葉がビジネスの世界でも使われるようになりました。ウェルビーイングに取り組むことは、社員から選ばれる会社になるために不可欠な要素となっています。

今回は、戦略人事コンサルタントであり、2022年9月に著書『ウェルビーイング・マネジメント』を出版した加藤守和さんにインタビュー。ウェルビーイングとはなにか、ウェルビーイングを高めるためにはどうするべきか、全3回に渡ってお伝えします。

第3回は、中小企業が陥りやすいケースと対応のポイントをお伝えします。

 

プロフィール

加藤 守和 氏

一橋大学経済学部卒。シチズン時計人事部を経て、デロイトトーマツコンサルティング、コーン・フェリー、PwC等に在籍。人事領域における豊富な経験をもとに、組織設計、人事制度構築、退職金制度構築、M&A支援、リーダーシップ開発、各種研修構築・運営支援等、ハードとソフトの両面からの組織・人事コンサルティングを20年間にわたり、約100社以上に実施。著書に『VUCA 変化の時代を生き抜く7つの条件』『ジョブ型人事制度の教科書』『日本版ジョブ型人事ハンドブック』『ウエルビーイング・マネジメント』等多数。

分かっている気にならず、タッチポイントを増やす

これまで、ウェルビーイングを高めるためにはどうすべきか教えていただきました。では実際に施策として進める上で、気をつけるべきことを教えてください。

まずは、分かっているつもりで、分かっていないケースです。

中小企業は規模も限られているため、社員一人一人の考えは把握できている。そう考えている経営者は多いのではないでしょうか。しかし実際、社員一人一人で置かれている環境や価値観も異なりますし、それぞれの仕事内容やライフイベントなどで状況は刻一刻と変わっていきます。「分かっている」という先入観が目を曇らせ、知らずに社員のウェルビーイングを損なっていることが多くあります。

そしてそれが把握できていなかったことが、「びっくり退職」と呼ばれるような突然の退職で分かるケースが増えています。

身に覚えのある方も多いと思います。

そもそも本心を伝えられていないこともあります。たとえば転勤や配置転換など、本当はしたくないけれど拒めず、結果的に自己効力感を持てずに辞めてしまう方も多くいます。

また家庭の事情など本心を伝えていたとしても、状況はすぐに変わります。会社としては逐一面談をしなくても大丈夫と思うかもしれませんが、半年や一年で大きく状況が動くことは少なくありません。それがキャッチアップできずに辞めてしまうケースがあります。

これらを防ぐためには、タッチポイントを増やすしかありません。2週間に1回程度、話す機会を設け、仕事の充実はもちろん、楽しく働けているか、幸福感を抱けているかを押さえましょう。人間の心は、植物と同じで、水をあげないとどんどん枯れてしまいます。1年や半年ほったらかしにされていると、社員としても「全然自分を見てくれていないんだ」と思ってしまいます。「うちは顔が見えているから大丈夫」と思わず、タッチポイントを増やしましょう。

また、聞き方も大事です。1on1は社員の意向を吸い上げることが最終目的です。そのための望ましい対話の量は、上司が3、メンバーが7と言われています。1on1後には、メンバーからアンケートをして、上司がどれくらいの割合を喋っていたかを調査し、フィードバックして活かすことも大事です。

実際に同じような課題を感じていた企業が成果を上げた取り組み例はありますか。

200名規模の中小企業で、縦と斜めで1on1を2週間に1回ずつ実施する取り組みをしています。

上司と1on1を設けている会社は多いと思います。しかしそれだけでは刺激がなくなり、同じ繰り返しになります。また上司だからこそ話せない仕事の悩みがあったり、上司が傾聴するスキルが低かったりも考えられます。そこで斜めの関係での1on1を実施。しかもその相手も、人の話を聞くのに長けて、面倒見の良い人を抜粋します。斜めの関係となった人にとっても、それ自体を重要な業務として伝えてケアをします。

これらの取り組みの結果、話しやすい雰囲気ができ、びっくり退職も少なくなりました。

大切なのは1対1の関係にしないことです。上司との1on1だけでは、上司のパーソナリティに成果が依存します。客観的な第三者がモニタリングする体制づくりが必要です。

共同作業で帰属意識を高める

ほかに、中小企業が陥りやすいケースはありますか。

企業やリーダーからの働きかけが低いケースです。

そもそも大企業よりもウェルビーイングへの関心が低く、自分の会社には関係ないと思っているケースがあります。そのため、誰もが当事者ではなく他人事になってしまい、何か活動をしても、盛り上がりにかけてしまうのです。

そもそもウェルビーイングは、大きな組織だろうが小さな組織だろうが関係なくすべての働く人にとって必要なことです。むしろ規模が小さければ小さいほど、人間関係や濃密なやりとりが増えるため、小さな施策ひとつで働き手のウェルビーイングは多大なる影響を受けます。大きな投資をする必要はないので、小さなことからはじめていきましょう。

どう対応していけばいいのでしょうか。

まずはウェルビーイングをリードする責任部門・責任者を明らかにすることです。本来はトップ自らがするべきではありますが、社長がやらない場合には誰かが仕掛け人にならなければいけません。自然発生的には起こりにくいものであるため、いわゆるプロデューサー的な人を任命しておくことが必要です。

また、施策の中にはトップダウンではなく、ボトムアップで社員たちが参加できるようなしくみを作ることも大切です。当事者として参加することで、ウェルビーイングへの取り組みを楽しみながら進めていく人を増やしていくことがポイントです。

具体的にはどのような施策が考えられますか。

たとえば、会社のTシャツやパーカーを作ることは非常に有効な施策です。そもそもどんな服を作るのか、どんな色味にするのか、どのくらいの値段感で、ロゴをどのような配置にするのか、作る過程でたくさんの共同作業が生まれます。この作業の中で、つながりはもちろん、帰属意識も生まれています。また出来上がったあとも、たまにTシャツを着たりすると、会社への思い入れが強くなります。

ほかにも、バーベキューや飲み会のイベントなど、さまざまな方法が考えられます。やること自体は何でも良いんです。一緒に楽しめるワクワクしたことをしかけることが大切です。

また、それらへの参加が仕事に直結するものではないことも大事です。本業が真剣勝負だとすると、少し肩の力を抜いて交流する意味合いが近いです。

実際、世の中で働きがいがある会社と言われている会社は、イベントが多い傾向があります。仕事以外の活動量が多く、そこでつながる人がいるから、仕事の面でもストレスなく人とつながることができるのです。つながりをつくるには、場を提供することが一番良いと思いますね。

最後に、これからウェルビーイングの取り組みを進める経営者や担当者の方々へのメッセージをお願いします。

ウェルビーイングへの取り組みは、間違いなく会社の競争優位につながると考えます。やらなくても仕事は回るかもしれませんが、取り組みをすることで、働く人の充足感が高まり、それによって会社へのロイヤリティも高まります。

中には「なんの意味があるのか」と心ない言葉をかけられることもあると思います。しかし5年後10年後を考えると間違いなくこれは良い影響を与えます。ぜひ自信を持って推進してください。