働き方改革・ウェルビーイング経営コラム
地域企業におけるリスキリング最前線
まず経営者からリスキリング。強い意志が、社員の意識を変える
2022年10月、岸田首相が「新しい資本主義」の一環として5年間で1兆円をリスキリング支援に投じると表明しました。賃金引き上げのための政策として注目を集めるリスキリングですが、中小企業にとっては、経営課題を解決するために重要な施策でもあります。本コラムでは、リスキリングとはなにか、成功事例、具体的な進め方まで、全5回に渡ってお伝えします。
第4回は「中小企業経営者はリスキリングとどう向き合うべきか」というテーマで、リクルートワークス研究所の主任研究員、大嶋寧子さんにお話を伺いました。
プロフィール
大嶋 寧子 氏
東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる成長調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。
経営者が変わらないと、社員も変わらない
リクルートワークス研究所が発表した報告書「中小企業のリスキリング入門 全員でDXを進める会社になる」によると「経営者のリスキリングを優先し、次に、従業員の状況を踏まえて取り組むべきリスキリングを見定めていきましょう」とあります。なぜ「経営者のリスキリング」の優先度が高いのか教えてください。
経営者の「リスキリングへの確信」がなければ、社員の意識や行動を変えることは難しいからです。
大前提として、リスキリングに限らず、新しいことをはじめるには痛みが伴います。特にリスキリングではこれまでの仕事のやり方を捨てねばならなかったり、経験に紐付くプライドや存在価値を新しく作りなおす必要が生じる場合もあります。
だからこそ、現場から不安や否定的な意見が上がってくるのは当然です。反対する人の中にはこれまで会社に貢献してくださった方も含まれるでしょう。そんな状況に陥ったとき、経営者が「自社の課題を解決するためには絶対に必要だ」と言えなければ、社員たちの意識を変えるのは難しいと思います。
ボトムアップでのリスキリングは成立しないのでしょうか。
リクルートワークス研究所ではDXで成果を出している企業にお話を聞いてきましたが、そうした企業では経営者の意思は共通して重要な要素だったと言えます。経営者がデジタルに関する関心や知見を持ち、社員たちを後押しできる状態が、迅速にDXを進めることに関わるのではないかと思います。
ただ、それはこれまでの話で、今はまた状況が変わってきています。デジタルに関する知見が広がっていて、手軽に試せるツールもどんどん出ているので、小さくトライして効果を示し、上を説得しやすくなっている。ボトムアップでのリスキリングが成立する素地は生まれつつあると思います。
今の時代、リスキリングのハードルは高くない
デジタルへ苦手意識のある経営者は、なにから始めると良いのでしょうか。
ハードルの低いところから手をつけるのが良いと思います。
たとえば、デジタルツールを提供しているベンダーの講習やセミナーに参加して事例を見るのも手だと思います。今自社で解決したい課題を明らかにし、その解決につながるセミナーやサービスを提供する会社のイベントを探してみると良いでしょう。
また、国や地域が提供するプログラムに参加をするのも良いと思います。厚生労働省管轄の「生産性向上人材育成支援センター」ではリスキリングの相談を受け付けていて、計画策定のサポートもしてくれます。同省が行う生産性向上支援訓練では、経営者や管理職、現場の人をターゲットとしたデジタル系の講座が増えており、どのような講座が適しているかのアドバイスをもらったり、会社に講師を派遣してもらうことも可能です。非常に評判の良い制度で、地域によっては枠が埋まってしまうこともあると聞いています。
リスキリングを実施するハードルはどんどん下がっていて、利用できる制度や仕組みはたくさんあります。難しいと決めつけず、まず手のつけられるものから動いてみると良いと思います。
学びを始める際は、アウトプットの機会を持つことがおすすめです。経営メンバーに個人的に学んだことをシェアするのでも良いですし、会議でオープンにシェアをすることも良いと思います。とにかく、学んだことを共有する機会をつくることで、学習効率が高まります。
※新潟県の生産性向上人材育成支援センター
ポリテクセンター新潟(事業主の方へ)
リスキリングは「終わらないプロセス」
「経営者のリスキリング」の目標や評価指標について教えてください。
いくつか考えられます。自社のどの課題をデジタル技術で解決できるのかプランが立てられることが一つ。社員から何か提案が上がってきたとき、その有効性について判断ができることも一つです。
ただし、注意が必要なのは、目標や評価指標は一時的なもので、リスキリング自体はゴールのない「終わらないプロセス」であることです。デジタル活用は一つできるとまた次が必要になります。それに伴って、どんどん新しい学びが必要です。なにかができるようになれば終わり、ではない点は意識しておいた方が良いと思います。
リスキリングの投資効果をどの程度の期間で捉えるべきなのでしょうか?
リスキリングによって「何を達成したいのか」次第だと思います。
たとえば社員にデジタルツールを使いこなしてもらうことがゴールの場合、使い方の把握自体は1ヶ月で完了しても、生産性向上や売上拡大につながる本質的な使いこなしを実現するには、さらに期間が必要です。経営者に聞き取り調査をさせて頂いたBtoCのある企業では、紙ベースだった顧客対応をiPadを使用して行う方法に変更し、データに基づく接客を実現していますが、従業員の方々がツールを本当に使いこなせるようになるまでに6〜7年かかったとおっしゃっていました。
目の前の課題に対して瞬発力高く、短期間で効果を出さなければいけない場合もあります。ただ、カルチャーまで変えることを狙う場合は長い時間が必要になりますので、あきらめずに続けていくことが大事です。
目的の明確化が費用対効果を高める
中小企業にとっては、短期で売上に貢献しない施策には取り組みづらいものだと思います。効果的な投資のためには、どのような始め方がよいのでしょうか。
リスキリングの目的を明確にすることが重要だと思います。
リスキリングは「手段の手段」です。最終的なゴールは会社の経営課題を解決することで、そのために今もっとも可能性が高い手段がデジタル化やDXです。リスキリングは、そのデジタル化やDXを従業員が担えるようにするための手段にすぎません。だからこそ、個人的には「リスキリングをしましょう」と言うのも変な話だと思っています。リスキリング自体を目的にしてしまうと、学んだ内容を誰も活かせない状態になり、費用対効果は大きくダウンする可能性があります。
まず、デジタルを活用してやりたいことを明確化し、その実現のために本当に必要なスキルを必要な人にだけ学んでもらう、というやり方が望ましいのかなと思います。