働き方改革・ウェルビーイング経営コラム

地域企業におけるリスキリング最前線

アナログな建設業界でDXを実現。成功の秘訣はDX推進を「目指さない」こと!?

2022年10月、岸田首相が「新しい資本主義」の一環として5年間で1兆円をリスキリング支援に投じると表明しました。賃金引き上げのための政策として注目を集めるリスキリングですが、中小企業にとっては、経営課題を解決するために重要な施策でもありま す。 本コラムでは、リスキリングとはなにか、成功事例、具体的な進め方まで、全5回に渡ってお伝えします。

第3回は、リスキリングの実践企業として注目を集めている隂山建設株式会社の代表取締役、隂山正弘さんにインタビュー。同社の取り組みについて伺いました。

 

プロフィール

隂山 正弘 氏(隂山建設株式会社 代表取締役)

福島県郡山市生まれ 47 歳

平成11年12月 隂山建設株式会社入社
平成19年5月 31 歳にて代表取締役就任(現在の在任期間17 年目)
平成29年9月 カゲヤマホールディングス株式会社設立(グループ会社の経営企画指導)
代表取締役就任(41 歳)
平成31年3月 第 9 回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞「審査委員会特別賞」受賞
令和2年4月 「日本でいちばん大切にしたい会社7」掲載
令和2年11月 Building MORE」の活用・実績が、中小企業クラウド実践大賞郡山大会(東北・関東ブロック)において最高賞の「東北総合通信局長賞」受賞
令和2年11月 ふくしま健康経営優良事業所 2020「知事賞」受賞
令和3年1月 中小企業クラウド実践大賞全国大会 準グランプリの「日本商工会議所会頭賞」受賞
令和4年11月 「TOHOKU DX 大賞 2022」最優秀賞(東北経済産業局長賞)受賞
令和5年8月 第 40 回「隂山建設(株)愛の献血運動」開催(累計受付人数 40,818人)

 

ICT施工をきっかけに、生産性向上と新サービス開発を実現

ICT施工(※)導入後、ビジネスモデルがどのように変化をしたのか教えてください。

建設業という事業自体は変わっていませんが、大きく2つの変化がありました。

1つ目は、生産性向上です。建設現場の3次元データ化により測量から施工、検査に至るまでの業務が効率化でき、コスト削減や工期短縮につながりました。それに伴って、ICT施工導入までの2010年頃と比べて会社規模も拡大し、売上はアップし、これまで毎年一人入社希望がいるかいないかの状況から、最近5年間では17名もの新卒採用ができました。

(※)ICT施工とは

ICT施工では下の図の通り「測量・設計・施工・管理・検査・納品」の工事現場の各場面で活用されています。測量ではドローンなどを活用し短い時間で行うことが出来たり、施工では自動制御により図面通りの形を作ったりすることが出来ます。

(引用:国土交通省「九州地方整備局ICT施工とは」 i-Construction https://www.qsr.mlit.go.jp/ict/ict/whats_ict.html

 

2つ目は、新サービスの開発です。ICT施工を通して蓄積したノウハウを活用し、建築業界の会社へサービス提供を始めました。

たとえば、ドローンによる空撮サービスです。隂山建設では2023年9月末現在、社員数50名に対し、ドローンパイロットが33名在籍しています。飛行ルートを設定し自動飛行をすることにより、毎回同じポイントでの撮影が静止画や動画などの画像による正確で分かりやすい進捗状況報告をおこないます。全ての新築現場で、さまざまな角度からの100%ドローン撮影を行い、立体的に現場状況を確認することができ、多種多様な画像情報を提供することができます。

さらに最近、建設情報可視化アプリ「Building MORE(ビルモア)」シリーズを開発中です。建設業に関わるユーザーごとに3つのアプリに分かれており(元請・協力会社・作業員)、建設会社が自ら開発することにより、現場ニーズに合った機能を提供します。 主な機能としては、「施主向け工事状況共有」「安全書類の作成・提出」「写真撮影・管理・台帳作成」「工程表の作成・共有」「働き方改革にも対応した勤怠管理」「図面上での指示連絡」「作業員の現場配置管理」「建機車両備品の管理」「現場・個人の予定表作成・タスク管理」「チャット」「ファイル共有」で、生産性向上、顧客満足度向上も実現します。

 

外注、教育、子会社設立と状況に応じた人材調達施策

事業変革に必要な人材の確保はどのように検討されたのでしょうか?

正直なところ戦略を立てて進めたというよりは、直面する課題をそのつど解決していったというのが実情です。

ICT施工をはじめた2010年ごろは、専用機械の提供から三次元データの測定まで、ほとんどを外注していました。そんな状況に危機感を持ち、一部でも良いから内製化できないかと、目をつけたのがドローンパイロットの内製化でした。外注業務のなかでは一番内製化の難易度が低いと考えたからです。

すぐにドローンを購入し「1年後に自社施工現場のすべてで飛ばす」ことを目標に掲げ、社員育成をはじめました。さらに、その1年間で技術が進歩し、簡単に映像の三次元化ができるツールがリリースされたのでその導入にも取り組み、結果的には当初の目標だけでなく、ICT施工プロセスの全体を自社で完結できるようになりました。

それによって、これまで数十万円から数百万円かかっていた外注費用が不要になり、データの納品までに2週間ほどかかっていたのが、内製化してからは撮影から1時間もかからない時間でデータ化できるようになったのです。

アプリ開発の際は、社員教育でまかなうのは難しく、プロフェッショナルの協力が必要だと感じました。そこで、新しい会社をつくって外部人材を受け入れやすい体制をつくりました。

ありがたいことに、多くの会社から優秀な方々に出向いただき、多いときには30人程の方々に協力してもらいながら、アプリ開発を進められました。新会社設立当初はそれほど多くの人たちにご協力いただけるとは思っておらず、業界を良くしようと思っている方がこんなにいるのかと感動したのを覚えています。

 

経営課題解決の手段が、たまたまDXだっただけ

事業変革を進めるなかで、従業員の動機形成やモチベーションマネジメントのために意識していたことを教えてください。

よく聞かれる質問で、その度に考えるのですが、結局いつも答えはシンプルです。社員のモチベーションを高めるには、会社や部署のトップが情熱を持ち、目の前の課題解決に本気になるしかないと思います。「とりあえずやってみよう」「失敗するかもしれないけど」ではなく「なんとしてもやり切る」という姿勢を示し続けて、本気で変えようとしているんだと思ってもらうことが重要です。

とくに、隂山建設でよく言っていたのは、目指すのは売上拡大ではなく「建設会社としての成長」という言葉でした。私自身、事業変革に取り組んだタイミングは、次のステージへ進むための最大のチャンスだと捉えていました。我々の場合はドローンやアプリ開発でしたが、あらゆる場所に転がっているチャンスを経営者や各部門責任者が本気で拾いに行く姿を通して、覚悟や情熱を理解してくれた社員がついてきてくれるもんだと思っています。

 

リスキリング施策の成果や費用対効果についての考え方を教えてください。これもまた、ほしい答えではないかもしれませんが、我々の場合はそもそも「リスキリングをやるぞ」「DXを推進するぞ」という概念がありませんでした。最初にあったのは経営課題解決やビジョン達成で、その実現に必要な手段がたまたまDXだったという順番です。とくに建設業界は従業員の意識も含め、いまだにアナログな部分が多い世界です。無理矢理DXのための教育を始めてもうまくいかなかっただろうと思います。

我々が取り組んだのはそれほど無茶なことではありません。自社アプリ開発と考えると、難しく思われるかもしれませんが、税制含め投資しやすい環境が今は整っていると思います。リスキリングもDXも、どの会社だってできることなんじゃないかなと思っています。