働き方改革・ウェルビーイング経営コラム

地域企業におけるリスキリング最前線

リスキリングに利用できる制度を解説。「人材開発支援助成金」の積極的な活用を

2022年10月、岸田首相が「新しい資本主義」の一環として5年間で1兆円をリスキリング支援に投じると表明しました。賃金引き上げのための政策として注目を集めるリスキリングですが、中小企業にとっては、経営課題を解決するために重要な施策でもあります。

本コラムでは、リスキリングとはなにか、成功事例、具体的な進め方まで、全5回に渡ってお伝えします。第5回はリスキリングを検討する企業が、利用できる制度についてです。新潟働き方改革推進支援センターの相談員であり、社労士事務所の代表を務める塚田由起子さんにお話を伺いました。

 

プロフィール

塚田 由起子 氏

大学卒業後、小売業のFC本部での採用担当、輸入車ディーラーの総務人事担当などを経て、2005年に社会保険労務士資格を取得。社会保険労務士法人に役員として9年間勤務の後、2022年1月に独立し、レターズ社労士事務所を開業する。その傍ら、現在は新潟働き方改革推進支援センターの窓口相談員として、中小事業主への支援をも行っている。

 

日本企業の生産性向上のため、今リスキリングが注目されている

岸田政権が企業のリスキリングの支援に力を入れている背景について教えてください。

日本にはまだ、生産性の低い企業が多いからだと思います。とくに社労士の立場で見ると、時間外労働が多すぎるところに課題を感じます。解決のためには生産性を高めるデジタル化やDXが必要で、それらが実現できる人材の育成が急務になってきています。

実際に新潟県内の企業の相談を受けるなかで、どの企業も非常に努力しているものの、新しいシステムの導入を考えるところまで時間が取れないケースが多いと感じています。経営者自身がプレイヤーであるケースも多く、目の前のお客さまへの対応で精一杯で、体制の見直しや人の補充に着手できず、時間外労働でカバーするしかない、といった状況に感じます。

 

豊富な制度・支援をリスキリングに活用可能

実際に新潟の企業が取り組める施策や制度を教えてください。

企業が社員にリスキリングしてもらう際は、厚生労働省が管轄する「人材開発支援助成金」が使いやすいと思います。複数のコースに分かれていますが、「事業展開等リスキリング支援コース」「人への投資促進コース」の2つをご紹介します。

事業展開等リスキリング支援コースは、簡単に言うと新たな分野で必要となる知識や技術を習得させるための研修費の一部を助成してくれる制度です。「部外の講師への謝金・手当」「施設・設備の借上費」「教科書・教材の購入費」など研修にあたって必要な費用のうち最大で75%に加え、研修を受ける社員の賃金助成一人あたり960円/時の賃金助成も受け取ることができるものです。

参考:人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)のご案内(詳細版):厚生労働省

 

人への投資促進コースは、5つのメニューに分かれており、DX分野の人材育成の訓練やIT分野未経験者に対するOFF-JTとOJTの組み合わせ型の訓練、定額制訓練(サブスク型のeラーニング)などを行う際に活用できます。助成率が最大75%で、賃金助成があるメニューもあります。

参考:人材開発支援助成金(人への投資促進コース)のご案内(詳細版):厚生労働省

 

また、助成金ではありませんが新潟県が独自で取り組んでいる「新潟県デジタル人材リスキリング支援事業」もあります。受講料を支払うことで、オンラインで「ビックデータの活用と分析」「販路·調達先開拓へのICT活用」「バックオフィス業務のシステム化」など専門的なデジタルスキルを学べます。

 

そもそも、どんな制度があるのかわからない、自社が何を活用可能なのか知りたい、という企業は私が相談員を務める新潟働き方改革推進支援センターへ相談いただくことも選択肢だと思います。電話やメールでの相談も可能で、回数制限つきですが会社への訪問も可能です。実際に申請手続きを代行することはできませんが、各社にとって何が活用できるのかのアドバイスはすべて無料でさせていただきます。

日々の業務があるなかで、分厚いマニュアルを読み込み、申請書類を作成することに時間が取れない方も多いと思いますが、それで諦めてしまわずに、無料の訪問コンサルタントを利用いただき「何の書類を揃えたらいいのか」「どういう書き方にすればいいのか」をご相談ください。とくに顧問社労士が不在、労働局への相談はしづらい、といった事情がある場合は検討いただくと良いでしょう。

参考:新潟働き方改革推進支援センター

 

はじめての申請は、前倒しで計画的に動くべし

助成金や制度などを利用する際、注意すべきことがあれば教えてください。

大きく2つあります。

1つ目は、申請手続きの順番です。とくに間違えやすいのは研修を実施する「前」に計画届を出す、という部分です。研修実施「後」の助成金申請は、原則はできません。まずは計画届を提出し、その計画通りに研修を実施した場合に限って助成金が出る仕組みになっています。助成金申請を始める際は、何か動き出す前になるべく早く正しく申請の流れを確認してください。

2つ目は、計画届の作成に思ったより時間がかかることです。とくに初めて助成金を申請する企業の場合、予定する研修期間に間に合わないことがないよう、早めに動き始めることをおすすめします。ある程度、型のようなものがあるので、新潟働き方改革推進支援センターや新潟労働局の助成金センターに相談してもらえるとスムーズに進むと思います。

最初は大変に感じる部分もあるかもしれませんが、助成金に取り組んでいただくと、必要な提出書類を揃えるうちに労務管理で必要な書類の整備も進みます。その時の助成金申請だけでなく、その後の会社の労務管理もスムーズにいくケースがいくつもありました。ぜひ積極的に取り組んでいただければと思います。

 

個人のリスキリングが進むと離職リスクが高まる、という見方もあります。企業側にはどんな対策が考えられるでしょうか?

なんのために社員にリスキリングしてもらうのかを明確にすることが重要だと思います。

「助成金がもらえるし、とりあえず取り組もう」だと、研修を受けた社員が何のためにやっているのかわからなくなります。身につけたスキルを自社で活かすのは難しそうだと思わせてしまうかもしれません。リスキリングを始める前には、まず会社の課題から考えて「新しい取り組みのためには、このスキルが必要だ」と明確にすることで、社員の迷いを防げると思います。

また、助成金の条件の一つでもありますが、リスキリングを就業時間内で収まるように設計することも重要です。就業時間内に勉強ができれば、社員からすると成長させてもらえる環境だと魅力に感じるはずです。仕事に対するモチベーション向上にもつながると思いますので、企業は積極的に社員の学習をサポートできる体制作りに取り組むと良いと思います。